久留米城跡(久留米市篠山町)で10月18日、まち歩きプログラム「『ブラ☆モリ』徹底攻略!久留米城」が開かれた。「久留米まち旅博覧会」の一環で、市内外から参加した10人が、本丸跡や石垣を巡り、身近な城跡に残る歴史をたどった。
案内したのは、元新聞記者で現在はタクシードライバーとして働く森久さん。久留米の歴史やまちの成り立ちを伝える「ブラ☆モリ」をライフワークとして続けている。当日は市文化財保護課が提供した冊子や図面を使い、現在の風景と往時の姿を重ねながら解説した。
久留米藩は21万石で、石高では全国20番目に数えられた藩。森さんは、その規模や石垣の見応えが地元では十分に意識されていないことに触れ、遠足や写生などで親しんできた場所を、改めて城の構造や歴史から見直す視点を伝えた。
本丸跡では、「篠山城」という呼び名や篠山神社の由来を紹介。明治維新後、建物が撤去された城跡を地域の有志が買い取り、守ってきた経緯にも触れた。櫓(やぐら)跡からは筑後川を眺め、川を堀として利用した城の守りや、高台から周囲を見渡せる立地を確かめた。
石垣の見学では、室町時代から江戸時代にかけて城が改修・拡張されてきた歴史を紹介。参加者は石の大きさや加工の仕方、横の列をそろえる「布積み」などを見比べ、築造時期による違いをたどった。石垣の内部にたまる水を逃がす水抜きや、その下の水ためも確認し、排水の工夫に触れた。
有馬記念館では、久留米藩や有馬家の歴史を紹介する映像と展示を鑑賞。本丸御殿跡では、図面を手に建物や庭、能舞台の配置を確かめた。森さんは、有馬家の藩主が能や謡などの文芸に親しみ、城内に町の役人らを招いて能を披露した逸話を紹介。発掘調査で見つかる礎石の間隔などから、建物の姿を読み解けることも説明した。
有馬家と現代とのつながりでは、競馬の「有馬記念」の由来にも言及。久留米藩主家の子孫で日本中央競馬会第2代理事長を務めた有馬頼寧が、ファン投票で出走馬を選ぶ競走を提唱し、その功績をたたえて名付けられたことを紹介した。
終盤には、城跡に立つ青木繁の碑に立ち寄り、親友の坂本繁二郎がケシケシ山に碑を建てるために尽力した逸話にも耳を傾けた。
森さんは、立ち入りができない場所もある城跡の保存と活用を今後の課題に挙げた。地元では見慣れた石垣にも、見る人によって新たな面白さが見つかることに触れ、「皆さんの間でも、どういう風に活用していくのかを考えていければ」と呼びかけた。